スゴくひさしぶりに食べたくなって、吉野家に来る。
ときおり無性に食べたくなる。
お腹が食べたいってわけじゃなく、頭もそんなに好きじゃない。
体の中のどこかにある。
昔の思い出。
吉野家の牛丼のような食べ物を、ワシワシ食べて体を作った時代のコトを覚えているところがあるんでしょうネ。
そこが疼いて、食べたくなる。
ボクにとって牛丼という食べ物は「イコール吉野家」な食べ物でした。
今でこそ、いろんなチェーンが出来たりあるいは、牛丼を売り物に昔からしていたお店があってそこで食べたりもする。
けれどやっぱり食べてると、「吉野家じゃない」って思ってなぜだか吉野家の牛丼食べたくなってしまう。
体に染み込んだ味なんでしょう。
だから時折。
ただ、やってくる度、この店は牛丼専門店じゃなくって丼ファストフードのお店にこれからなっていくんだろうなぁ…、って思ったりする。
牛丼しかないお店だったからもっとおいしく、もっとお店も大人の男な感じがしたもの…、それじゃぁいけないっていろんな商品を導入したら何がなんだかわからなくなっちゃったって感じがしてきて勿体無い。
並のねぎだく。
煮こまれた甘くてシットリした玉ねぎがトロトロ、自然とつゆだくになりパラリと乾いたここのご飯をおいしくさせる。
そこに七味をタップリかける。
それから千切り紅しょうが。
昔は牛丼をテイクアウトしてマヨネーズをネロンとしぼってぐしゃぐしゃにして食べたりしてた。
しかも別に肉皿もらって、体を作るに十分の栄養分をザブザブ食べてた。
体が要求していたのでしょう。
若さは高カロリーを要求する病のようなモノでござって、今ではそんな無謀なコトもしないでこうしておとなしく、人並み分を味わい終える…、やっぱりちょっとさみしい味がする感じ。
お腹がほどよく満たされたらば、今度は心を満たしたい…、そう思ってお茶にした。
セガフレード・ザネッティにてカフェラテもらう。
吉野家の並の牛丼が380円。
セガフレのラテの値段が370円という、この現実をどう思おうか。
牛丼食べたらすぐ帰る。
だから一杯分にかかる家賃の比率が少ない。
一方、セガフレでコーヒー飲んでぼんやりとすると客席回転が低くなる。
当然大きなお店に客席を用意することが必要になりその家賃分が値段に反映されている。
あるいは、お腹いっぱいにただなるだけならコンビニエンスストアでおむすび買えばよくだから牛丼だって安く売らなきゃ彼らに負ける。
一方、心を満たすために人は出費を惜しまない。
そんな具合に心の整理をするんだろうか。
原価いくらで決まらない飲食店の商品価格ってなんて深くてオモシロイ。
それにしてもオモシロイほどセガフレードにはヨーロッパ系のゲストが多い。
今日も喫煙フロアーに20人ほどのイタリア系の人たちがいて、タバコをくゆらせ甘いエスプレッソをゴクリと飲んでる…、それがとっても格好良くていいなと思う。
ポッテリとしたミルクの泡にエスプレッソの風味が混じる…、カップの最後の最後まで泡が壊れずハートマークがそのまま残っているのにウットリ。
さてさて仕事に向かいましょ。
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